2014年06月14日

ハンディキャップがあっても幸せでいよう。弥勒菩薩ラエルは楽園主義を提唱



contents_xl.jpg

今日は、「セッションズ」という映画を観ました。これをみて、今自分がこうしているのをとっても宇宙人エロヒムに感謝してしまいますね。

人生は悔いのないように、自分のやりたいことを一生懸命に、生きることなんですね・・・

弥勒菩薩ラエルは、片腕が使えなくなっても、もう片方の腕があるから幸せだとかんがえるべきだと言われていました。
また、何があっても幸せでいられることが本当の幸せだともいっていましたね・・・



タイトル:セッションズ

ストーリー:幼いころの病が原因で、首から下が動かせないマーク。38歳となった今は詩人兼ジャーナリストとして活躍していた。そんな彼の元に、障害者のセックスというテーマで原稿依頼が舞い込む。取材の過程で実際にセックスをするセラピーがあることを知り、経験がない彼はそのセラピーを受けることを決意。こうして期待と不安の中、美人セックス・セラピストのシェリルとの“セッション”が始まった…。


Love Poem for No one in Particular
by Mark O'Brien
誰にともなく捧げる愛の詩

マーク・オブライアン著

Let me touch you with my words
僕の言葉で君に触れよう

for my hands are in empty gloves
目に見えないグローブのなかにある手の代わりに

but my words stroke your hair
僕の言葉で君の髪の毛を優しく撫で

slide down your back
背中を優しく撫で

and tickling your belly
君のお腹をくすぐろう

for my hands - light and free flying as bricks -
ignore my wishes and stubernly refuse to carry out my quietest desires
まるでレンガのように軽く自由に飛んで行く僕の手は、
僕の望みを無視し、最も静かな欲望を実現するのを頑なに拒んでいる

But my words enter your mind, baring torches
でも、僕の言葉は君の心に入り込み、燃えるような恋心に火を灯すだろう

Admit them willingly into your being
君の存在の中に僕の言葉を受け入れてくれ

So they may caress you gently within
君の内側を優しく愛撫するから



In memory of Mark O'Brien
マーク・オブライエンに捧ぐ


This file was based on his article - "on seeing a sex surrogate"
この映画は彼の記事「セックス代理人に会って」をもとに制作された







posted by ふーもあ at 23:06| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ポジティブ思考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/399466169
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。